それは蒸し暑い夏の深夜二時のことであり喉の渇きを癒やそうと静まり返ったキッチンの電気をつけた瞬間に冷蔵庫の脇からサササッと走り出した巨大な黒い影を見て私の心臓は止まりそうになりましたがその瞬間にゴキブリ退治という孤独な戦いが幕を開けました。私は反射的に手近にあった武器を探しましたが殺虫スプレーは使い切ったまま買い忘れており絶望的な状況の中で私の目に飛び込んできたのは洗面所にあった除菌用のアルコールスプレーであり私は迷わずそれを手に取り逃げようとする奴に向かってトリガーを全力で何度も引き大量の液を浴びせかけました。すると驚くべきことに普段ならスプレーをかけてもしばらくの間は狂ったように暴れ回り見失ってしまうこともあるゴキブリがアルコールの脱脂作用によって呼吸穴である気門を一瞬で塞がれ痙攣一つすることなくその場に釘付けになったかのように動きを止めたのです。時間にしてわずか数秒の出来事でしたがその圧倒的な制圧力を目の当たりにした私は恐怖を通り越してある種の科学的な感動すら覚え死骸をトングでつまんでビニール袋に密閉し残ったアルコールで床を拭き上げるとそこには不気味な気配など微塵も残っておらず私のキッチンは再び平和を取り戻しました。この経験を通じて私が学んだのはゴキブリ退治にはパニックを抑える冷静さと身近な道具の特性を知る知恵が重要だということであり、それ以来私は夜寝る前にシンクの水分を完璧に拭き取り食べかす一粒も残さないストイックな生活を続けていますが不思議なことにそれ以来あの不吉な影を見ることはなくなりました。一匹のゴキブリが出たという事実は私の住宅管理に対する最後通牒だったのかもしれずあの日徹底的に隙間を埋めたパテの跡を見るたびに自分はこの城を守り抜いたのだという確かな自信が湧いてくるのです。深夜の遭遇は最悪の体験でしたがそれは私に住まいを隅々まで把握し管理するという主権者としての自覚を与えてくれた貴重な授業でもあり不快な虫に怯えない毎日を実現するためには日々の地道なルーティンこそが最強の殺虫剤であることを私はあの日々の苦しみから学びました。
深夜のキッチンでゴキブリと対峙した記録