美しい河川敷や公園の池の周りで、目を開けていられないほどのあたまむしが発生する現象には、水中の酸素濃度や栄養塩のバランスといった複雑な河川生態学的な背景があり、この「不快な群れ」は実は水環境の健全性を映し出す鏡のような側面を持っています。ユスリカの幼虫であるアカムシは、水底の有機物を食べて分解する「掃除屋」としての機能を担っていますが、生活排水などが流入して水が富栄養化し、酸素が不足した過酷な環境になると、他の生物が死滅する中で彼らだけが爆発的に増殖し、結果として大量の成虫が地上に現れることになります。科学的なデータによれば、あたまむしの発生量とその土地の生物多様性は逆相関の関係にあることが多く、川が汚れ、魚やヤゴといった天敵がいなくなった場所こそが、彼らにとっての無敵の王国と化してしまうのです。しかし、興味深いことに、最近の都市河川の再生プロジェクトによって水質が劇的に改善された場所でも、一時的にあたまむしの発生が続くことがありますが、これは生態系が未成熟な移行期特有の現象であり、やがて捕食者とのバランスが整えば自然と個体数は落ち着いていきます。つまり、あたまむしが大量に舞う景色は、その場所の環境が今まさに「回復しようとしている」か、あるいは「致命的に悪化している」かのどちらかのシグナルであり、自治体や専門機関はこれらをバロメーターとして水質のモニタリングを行っています。また、気候変動による春の訪れの早期化も、あたまむしの発生時期を狂わせる要因となっており、かつては五月頃にピークを迎えていたものが、今では三月から活発に動き出す地域も増えており、人間社会の防除カレンダーとのズレが生じています。私たちは、頭上を舞う虫を単に「気持ち悪い」と切り捨てるのではなく、その一匹一匹が水中での長い幼虫期間を経てようやく地上へ辿り着いた命であること、そして彼らが支えている大きな食物連鎖の環を想像する謙虚さを忘れてはなりません。川辺を歩く際に遭遇するあたまむしの群れは、地球の代謝の一部であり、その科学的メカニズムを知ることは、私たちの出すゴミや排水がどのように自然界のバランスを変えてしまうのかを学ぶ、生きた理科の教科書とも言えるのです。環境を汚すことは簡単ですが、あたまむしさえも現れない「死んだ水辺」を作るのではなく、多様な生物と共に生きる「賑やかな水辺」を維持することの難しさと大切さを、舞い上がる蚊柱は私たちに問い続けているのかもしれません。
川辺の生態系とあたまむしが大量発生する科学的背景