ゴキブリの糞は、単に不快なだけでなく、実は独特の「匂い」を発しており、その匂いが彼らの生態において非常に重要な役割を果たしていることをご存知でしょうか。私たちがその匂いを直接感じることは稀ですが、ゴキブリにとっては、その匂いこそが、仲間とのコミュニケーションや、安全な場所を見つけるための、重要な道しるべとなっているのです。ゴキブリの糞に含まれている、この特殊な匂いの正体は、「集合フェロモン」と呼ばれる化学物質です。フェロモンとは、動物が体内で生成し、体外に放出することで、同種の他の個体に特定の行動や生理的変化を引き起こす物質のことです。そして、ゴキブリの集合フェロモンには、その名の通り、「仲間を呼び集める」という強力な効果があります。ゴキブリは、餌が豊富で、暗く、暖かく、湿気があり、天敵から身を隠せる安全な場所を見つけると、その場所で糞をします。その糞から放出される集合フェロモンが、周囲を徘徊している他のゴキブリに対して、「ここは安全で快適な場所だぞ!仲間もいるから集まれ!」という、強力なメッセージを発信するのです。この匂いを嗅ぎつけた他のゴキブリたちは、その場所が優良物件であることを認識し、次々と集まってきます。そして、集まってきたゴキブリたちがさらに糞をすることで、フェロモンの濃度はますます高まり、より多くの仲間を呼び寄せるという、正のスパイラルが生まれます。これが、一度ゴキブリが住み着くと、あっという間にその数が増え、巣(コロニー)が形成されていくメカニズムなのです。ゴキブリの糞の匂いは、人間にとっては、大量に蓄積されない限り、ほとんど感じることはできません。しかし、もし部屋に入った時に、どこか油臭いような、カビ臭いような、独特の不快な匂いを感じるようになったら、それは家のどこか見えない場所で、大量の糞が蓄積され、ゴキブリの巣が巨大化している危険なサインかもしれません。糞の掃除が重要なのは、単に衛生面の問題だけでなく、この仲間を呼び寄せる「化学的な標識」を、家の中から完全に消し去るためでもあるのです。