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お米に虫が湧いた私のパニック体験談
あれは、私が一人暮らしを始めて間もない、初めての夏のことでした。実家から送られてきた、たっぷりの新米を、キッチンのシンク下に置いた米びつに入れ、毎日の自炊生活を楽しんでいました。その日も、夕飯の準備をしようと、いつものように米びつの蓋を開けました。そして、計量カップでお米をすくおうとした、その瞬間。カップの中の米粒に混じって、数匹の小さな黒い虫が、うごめいているのが見えたのです。私は、一瞬、何が起こったのか理解できませんでした。しかし、次の瞬間、全身に鳥肌が立ち、思わず「ひっ!」と、小さな悲鳴を上げて、計量カップを取り落としてしまいました。よく見ると、米びつの中の、白いお米の表面を、たくさんの黒いゾウムシのような虫が、ゆっくりと這い回っていました。中には、米粒に頭を突っ込んでいるやつもいます。その光景は、私にとって、ホラー映画のワンシーンよりも、はるかに恐ろしいものでした。私はパニックになり、どうしていいか分からず、すぐに実家の母に電話をかけました。受話器の向こうで、私の半泣きの報告を聞いた母は、呆れたような、しかし優しい声で言いました。「ああ、コクゾウムシだね。シンクの下なんかに置いとくからよ」。そして、虫が湧いたお米の処理方法と、米びつの掃除の仕方を、丁寧に教えてくれました。その日の夜、私は、母に言われた通り、ベランダに新聞紙を広げ、懐中電灯を片手に、半泣きで米の中から虫を取り除くという、途方もない作業に追われました。結局、そのお米を食べる気にはなれず、私は泣く泣くすべてを処分しました。この苦い経験から、私は学びました。お米は「生鮮食品」であるということ。そして、湿気と高温が、いかに虫にとっての楽園となるかということ。それ以来、私のお米の定位置は、冷蔵庫の野菜室。そして、米びつには、あの日の悪夢を忘れないための戒めのように、真っ赤な唐辛子が、いつも数本、静かに眠っているのです。
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私がアシナガバチに刺された、あの夏の日
それは、私が小学生だった頃の、夏休みの出来事でした。私の家の庭には、祖父が大切に育てている、大きな柿の木がありました。その夏、その柿の木の、手の届くくらいの高さの枝に、アシナガバチが巣を作っているのを、私は見つけました。巣の大きさは、まだ子供の拳ほど。シャワーヘッドのような、不思議な形をしたその巣を、私は、飽きることなく、毎日、少し離れた場所から観察していました。蜂たちが、せわしなく巣を出入りする様子は、私にとって、夏休みの自由研究の、格好のテーマだったのです。事件が起きたのは、八月の終わりの、風の強い日でした。いつものように、私は柿の木の下で、巣を眺めていました。その時、突風が吹き、柿の木の枝が、大きく揺れました。その瞬間、巣から数匹の蜂が、猛烈な勢いで飛び出し、私に向かってきたのです。パニックになった私は、泣き叫びながら、腕を振り回して逃げました。しかし、一匹の蜂が、私の右腕に止まり、チクッという、鋭い痛み。次の瞬間、そこには、焼けるような、激しい痛みが走りました。私は、大声で泣きながら家へと駆け込み、母に泣きつきました。母は、慌てながらも、刺された場所を水道水で洗い流し、毒を絞り出し、冷たいタオルで冷やしてくれました。しかし、私の腕は、みるみるうちに、パンパンに赤く腫れ上がり、肘のあたりまで、熱を持って硬くなっていきました。その夜は、ズキズキとした痛みで、ほとんど眠ることができませんでした。結局、その腫れと痛みが完全に引くまでには、一週間近くかかったと思います。あの時、私は、自然の生き物のテリトリーに、無邪気に入っていくことの危険性を、身をもって学びました。アシナガバチは、決しておとなしいだけの虫ではない。彼らにも、守るべき家族と、家があるのだと。あの夏の、腕に残った熱い痛みは、私にとって、自然への畏敬の念を教えてくれた、忘れられない教訓となっています。